世の中はクソである。

世の中はクソである。

居場所がほしい

必要以上の恋愛感情はやや邪魔なのではないか

f:id:ideo-map:20170610170822j:plain

人を好きになることはこんなにも素晴らしい事だったのか、と思ったことがある。それはある意味麻薬のようなもので、一種のゾーン状態に入っているような感覚だと思う。恋は盲目であり、好きな相手のことしか見えなくなる、そして好きな相手であれば何をやっても許される。

こうした恋愛感情は必要か否かという話はそもそもおかしいかもしれない。必要かどうかというより、そもそも人間の進化の過程で、おそらく恋愛感情の強い人達が繁殖において優位だったに違いない。そして現在生きているのが我々であり、ただの結果論にすぎない。

さて、僕が今回言いたいことは、恋愛感情のような強力で衝動的な感情は、人間の「繁殖」にはとても機能しているが、それ以外のところでは結構邪魔なんじゃないか?ということだ。

例えば、勘違いで人を好きになる恋愛って多いと思う。人って結構接点が多いと好きになったりする。職場が同じだと嫌でも接点が多いから恋愛感情が芽生えやすいし、一回セックスしただけで、その人のことが好きになったりする。

これは一言で言うと「錯覚」なのだ。勘違いなのだ。そこまで相手の深い部分まで知らなくても、接点や接触が多いと好きになる。

だから好きという気持ちが醒めると(魔法が解けると)、今までの関係性はなんだったのかという感じで突然別れたりする。

魔法にかかってたから一緒にいれたけど、魔法が解けたら、なんでこの人と一緒にいるんだと我にかえる。

それは人類の繁殖という点ではいいかもしれない。勘違いだろうがなんだろうが、恋愛感情によってセックスして新しい生命が宿る。

でも人間というのはセックスと人生のパートナーや家庭を築くみたいなのが一応セットだったりする。

だからパートナーと長く安定した関係性を築きたいのであれば、パートナーを選ぶ際はむしろ恋愛感情に騙されず、冷静に相手を見極めるべきだと思う。

魔法が解けても一緒にいれるかどうかを。

そういう意味でいうと、必要以上の恋愛感情はその判断を鈍らせる。曇って見えなくなってしまう。それが恋愛のロマンチックな部分でもあるのだが。

巷には恋愛体質の人が結構いる。人をすぐ好きになる人達だ。そういう人はすぐに誰かを好きになっては、醒める、そしてまた別の人を好きになっては、醒める。を繰り返している。

出会いのきっかけさえあればすぐに人を好きになり、衝動的にセックスをし、もっと好きになり、前の人に醒める。

 

恋愛感情は麻薬のようなものであり、本来そこまで人としての相性がよくない相手でも、いいように錯覚してしまうものだと思う。それは人間の繁殖においては機能しているが、舞い上がってしまうが故、自分にあったパートナーを見極めることに支障をきたす。また、一夫一婦制におけるパートナーとの安定的な関係を築くのに向いていない。であるならば、必要以上の強い恋愛感情は、やや邪魔なのではないかとふと思った。

広告を非表示にする